12月は1年の最後の月です。

朝。
会計引継ぎの資料作り。


出版論特講。
みわみわもw
てか超域の人多すぎ(笑)。
久しぶりのあさみ先生だーーーーー。
胸躍る。
先生が、新聞で記者が自分の身辺のどうでもいいような
ことを書いた記事があると不快になるっておっしゃっていて。
私も新聞に限らず、テレビなどにも同様の不快感を持っていて。
で、私の場合、その不快感がどこから来るんだろうと考えてみる。
それは多分、そういう閑話のようなものを載せた新聞なり番組なりが
それでも自らを「報道」であると冠しているからのように思える。
野中先生の合宿で、「報道っていうのは世界中で起こった様々な出来事に、
優先順位をつけていくことなんだ」という言葉を聞いて、そして納得した。
もちろん優先順位の基準は「何を伝えるべきか」というもの。
選択という、メディアの恣意性がそこに現れるが、本来それは真面目な恣意性。
そんな緊迫感溢れる報道の定義を考えるとさ。
別に、犬の救助中継に何分費やしたっていいさ。
その番組はそういう優先順位をつけたってことで。
ただ、そういうとこが「自分たちは報道をしている」って言ってると、
不快なんだよね。「報道」って言葉の安売りのような気がして。


講義だけ聴いて抜ける。
残念。
でも1年前からの先約なんだ。


巣鴨
カウンセリング今期最終日。
久しぶりに教室の見学をする。
いいなぁ現役生。
私も発言したいなぁってうずうずするまだまだ新米OB。
会計の引継ぎも無事に終わる。
ふぅ。そして。
副代表か。副代表って何だろう。
「副〜」という役職は、
仕事がないか、仕事がすごく沢山あるかの、
all or nothing。
どっちだろう。
依頼が来たとき、1年という任期と院試や卒論が、
ネックとして頭をぐるぐるしていた。
でも、倫理というか恩を返したいという思いが勝った。
OBが副代表という要職に就くのは異例なのだけど、
それでも見込んで引っ張ってきてくれた代表と、
全員一致で可決してくれたみんなの期待に答えねば。
で、修了パーティ。
今期の修了者は2人で。
私が教室に入った初めてのクラスでの「戦友」
なのでなんか、感極まるものがあった。
性別も年齢も境遇も全然違うのに、
何故か仲がよく、本気でぶつかりあうこともあったりで、
仲間意識ってのが芽生えてたんだよね。
うん。嬉しい。
嬉しいからってちょっと飲みすぎたよね、私。
オール。寝てたけど。
5時ごろ起きたら、
数人がまだ起きてて、延々と話をしていた。
何て元気なんだ。あたしより一回り上なのに。
敗北感。


クロニクル社会学―人と理論の魅力を語る (有斐閣アルマ)

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これ使って社会学勉強してます。
ざっと。
もっとおすすめがあったら教えて欲しい。